私という一冊の本『八本脚の蝶』by二階堂奥歯

八本脚の蝶

八本脚の蝶

 

 あなたは二階堂奥歯さんを知っていますか?

物語をこよなく愛したある女性編集者の記録

 と帯に書かれたこの本は彼女がネットに綴った日記です。

ある日、引用された彼女の文章に心惹かれたわたしは、❝二階堂奥歯❞を検索しました。

見つかったサイト『八本脚の蝶』、そこで目にしたものは最後の日記でした。

 最後のお知らせ

二階堂奥歯は、2003年4月26日、まだ朝が来る前に、自分の意志に基づき飛び降り自殺しました。
このお知らせも私二階堂奥歯が書いています。これまでご覧くださってありがとうございました。

二階堂奥歯 八本脚の蝶

 知ったばかりの女性の自殺と遺書に驚くも、彼女について何も知らないわたしは 、検索ページへ進み、日記を最初から読むことにしました。

なんとなく読んでみて、『危ない1号』、『エルメス』の乗馬鞭、『オリーブ』等のキーワードからぼんやりと輪郭が浮かんだところで、一旦手を止めました。

『危ない1号』と『オリーブ』か…そうですかと思いながら次のページへ。

遺書の件もあり、メンヘラサブカル少女の日記ならやめておこうと思ったのですが、なかなかどうして魅力的な文章なのです。

ちなみに『危ない1号』は妄想・変態・鬼畜・悪趣味がつめこまれた鬼畜系アングラカルチャー雑誌で、『オリーブ』は中高生向けのガーリーで少女的なファッションとサブカルチャー色が強い読みものが合わさった雑誌です。

『八本脚の蝶』を取り寄せて読んでみると、思っていたより普通、本当に普通の読書好きの少女の日記でした。

そんな感想を持ったのも、ネットの日記に遺書を書き残すこと、亡くなってもそのまま公開することがわたしの常識では理解できず、たぶん彼女も周りも変わってるんだろうという偏見があったからです。

読み終わった今も、なぜトップページが最後の日記なのか、わたしは納得できません。

トップページは2001年6月でいいじゃないですか。

渋谷の洋書アルバンに、取り置きしていた画集を取りに行く。

八本脚の蝶 ◇ 2001年6月

 このページから物語は、はじまります。

二階堂奥歯さんはとりわけ幻想文学を好まれていました。

わたしの幻想文学に関する知識はというと、ミヒャエル・エンデの『モモ』『はてしない物語』『サーカス物語』くらいで、日記に登場する文献もほとんど読んだことがありませんでした。

幻想文学(げんそうぶんがく)は、超自然的な事象など、現実には起こり得ない、架空の出来事を題材にした文学の総称。幻想的な文学作品。

幻想文学 - Wikipedia

 雑誌『幻想文学』第59号から第66号に掲載された彼女のブックレビューが、この『八本脚の蝶』で読むことが出来ます。

日記の中でもたくさんの作品が紹介、引用されているので、この本はブックガイドとしてもとても優秀なのですが、それよりも惹かれて求めてしまうのが、彼女自身の文章でした。

2001年6月~2003年4月の間に書かれた日記のなかで、2002年あたりが個人的にとても面白いので紹介します。

「例えばこのドアを開けたら廊下が存在しないかもしれないと思いますか?」

「そういう稚拙な馬脚の表し方をこの世界はしないと思います。極めて論理的に出来ているようですから。でも、そんなことが起きたら私はほっとして、『やっぱりね』とさえ言うかもしれません。」
たわむれにドアを開けてみると、廊下は存在していなかった。
「『やっぱりね』。」
と私は言い、「どうしますか?」と振り向いた。

八本脚の蝶 ◇ 2002年4月

児童文学を読んでいたころ、そこに出てくるのは女の子だった。大人の本を読み始めた9歳頃、私は「少女」というものに出会った。

「少女」は女の子とははっきり言って関係がない。
それはすぐにわかった。

八本脚の蝶 ◇ 2002年10月8日(火)その1

秋が来たので外は寒い。
私は羽根の布団にくるまって夜明けに目が覚ます。
夜の後で朝の前の時間は暗く、静かな空で鴉が鳴く。
その声を聞くと「ひとりだ」と思う。ひとりきりだ。とてもさみしい。

八本脚の蝶 ◇ 2002年9月16日(月)

 2003年になると、本からの引用文、奥歯さんに宛てた雪雪さんからの手紙やメールがわーっと綴られて、遺書、最後の日記です。

奥歯さんに近しい人たち、雪雪さんや哲くんのメールの内容まで、この日記で読めることにクラクラしながら、再び、2003年4月26日の最後のお知らせを、最初目にしたときと違う思いで読み終えます。

特別収録された13人のコラムでは雪雪さんが16歳の奥歯さんとの最初の出会いについて書いており、奥歯さんも日記で雪雪さんとの出会いについて書いているので、これは対になる物語として読むことが出来ます。

二階堂奥歯さんと書店員の雪雪さん。

この本を購入して読もうと思わなければ、ここまで彼女の日記を読み込むこともなく、知り得ない物語でした。

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